刀剣嫌いな少年の話 拾漆(完)
獅子王たちが来た時、片耳にピアスをつけた役人と、黒いこんのすけ、それから、この本丸を担当するこんのすけと、松葉杖をついた少年が、丁度敷地に入ってくるところだった。
少年がこちらを見るなり、ぎょっと表情を引き攣らせる。
「え、怖……」
思わずそう呟くのは無理もない。
戻ってきた途端に、少年の刀としてある刀剣男士全員が勢揃いして迎えたのだから、なかなかに圧巻であった。
「主、こんのすけ! おかえり!」
「あー、うん」
「ただいま戻りました、皆様!」
獅子王が少年とこんのすけに駆け寄る。まだ驚いているのか、子供が煮え切らない反応を見せる一方で、こんのすけは元気よく返事をした。
金髪の太刀の彼は、きょろきょろと視線を巡らせた。
「で、で? 主が選んだ〝はじまりの刀〟は?」
一緒にいるのは役人とこんのすけだけ。後から登場なのか、それともこの後戻る修復された本丸に先にいるのか。前のめりになりながら問いかけると、少年は平然と答えた。
「え。断ったけど」
何言ってんのお前、と言いたげに眉根を寄せる子供を、じっと見返す。
首を傾げて、再度問う。
「……〝はじまりの刀〟は?」
「は? だから、断ったけどって」
獅子王の周囲に疑問符が飛び交う。助けを求める目で他の刀剣男士を見やるが、彼らとてほとんど同じ状況だ。少年の言っている意味を理解できず、戸惑ったように視線を交わし合っている。
こんのすけは、どこか嬉しそうに尻尾をゆらゆらと揺らしているだけで話さない。
「……何で?」
「え。獅子王たちがいるから」
連れていかれる前に言おうと思ってたんだけど、なんか勝手に話が進んじまったから。えーって思いながら取り敢えずついていった。説明聞いても、今更〝はじまりの刀〟として縁を結ぶべきでもねえなと思ったし。……〝はじまりの刀〟を持たない本丸は無いって言われちまったけど、それなら俺にとっての〝はじまりの刀〟って、獅子王だと思うから。
つらつらと語る少年の横で、役人は呆れ半分、感心半分といった絶妙な表情で肩を竦めていた。〝はじまりの刀〟を持つことを勧め、あっさりと子供に論破された哀れな役人なのだろう。
その隣にいる黒いこんのすけは、クロの愛称を持つあの管狐だ。こちらは呆れだけを滲ませて溜息を吐いた。
「坊ちゃんは、本当に融通が利かないッス。前からそうですけどね……」
「クロだって最後は納得したくせに」
「坊ちゃんの勢いに負けたんスよ……」
黒いこんのすけは、ぽかんとしている獅子王を見上げて、小さく笑った。
「……まあ。坊ちゃんにとって、皆さんがいればいいってことらしいです」
――それを聞いて、すぐ。
獅子王が少年に手を伸ばし、抱き上げた。松葉杖が脇に落ち、ひえっと少年が声を上げる。
だが、それだけでは済まなかった。
外に出てきていた刀剣男士らが一斉に少年の元へ集まり、口々に主人を呼んだ。大きな手が伸びてきて、わしゃわしゃと頭を撫で繰り回し、寄ってたかって短刀たちは飛びつく。
もみくちゃにされた少年がたまらず叫んだ。
「何何何!?」
「みんな、主のことが大好きってことだよ!」
獅子王の弾けるような笑顔に、一瞬呆けて。
「……あーそ」
素っ気ない答えが、ただの照れによるものであることは、一目瞭然だ。
つられて笑う子供は、誰よりも幸せそうだったからだ。
そんな少年の表情に気が付いて、クロは深く俯いた。
雨は降っていないのに、小さな水滴が、黒いこんのすけの足元を僅かに濡らす。その背を、しゃがんだ役人が労わるように叩いた。
よかった。そんな風に、かすれた声で呟かれる。
そうだね、と役人は、小さな声で相槌を打ち、もう一度クロの背中を撫でた。